2017年11月26日日曜日

【自作の小説】五人目のサンタの約束 ~クリスマスの思い出~

『五人目のサンタの約束 ~クリスマスの思い出~ 』

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 仁美は平静でいられなくなり、自分にはすねる権利があると言わんばかりに、プロポーズの返事を待つ真人の前から涙ながらに走り去った。一方真人は、サンタクロースのいでたちのまま仁美の後を追った。
 道行く人々にはこの追走劇は天神地下街のイベントのように映り無数の好奇のまなざしが、二人を包んだ。サンタに扮した真人が仁美の手をつかんだとき、軽く拍手した人さえいた。見世物扱にまでなってしまって仁美の涙は止まらなくなった。見物人は次に何が起こるか興味深げに二人に見入った。
「放してよ、今日はもう帰る」
「返事、聞いてないよ」
「今日はもう帰る、こんな気分で返事なんてできない」
「今日どうしても聞きたいんだ、今日でなきゃだめなんだ」
仁美は悲しみの中に抑えていた怒りをあらわに声を荒げた。
「ねえ、いい加減にしてくれる?あのね、そりゃ私は真人が好きよ。結婚してもいいと思ってるよ。プロポーズ、待ってたくらいよ。でもね、だからといってクリスマスセールの仕事の合間に電話で急に呼び出してサンタクロースのままやってきて結婚してくれってせかすように言われて、すぐ返事しろってさ、ひどくない?冗談じゃないよ、私には私なりのね、プロポーズへの思い入れってものがあるわよ、少なくとも仕事の合間の時間では収まり切れない大事なものよ」
仁美は涙を手で拭った。
「言葉が足りないのはおれの悪い癖だけどどうしてもサンタクロースの格好をした今、言いたかったんだ、こんなチャンスは二度とないかもしれなかったから」
  そして真人は幼年時代のあるクリスマスの思い出を語り始めた。




 五歳のクリスマスを間近に控えたある日曜日、真人は母に連れられてデパートに行った。ここのところ真人はずっと憂鬱だった。一つの大きな疑問があって、その幼い世界に灰色の雲が分厚く垂れこめていたのだった。
 その日、街の人込みの中に真人は必死でサンタクロースを探した。
 一人目のサンタはデパートの入り口にプレゼントがぎっしり詰まったような袋を背負って立っていた。真人はサンタに話しかけた。
「ねえ、ぼくんちにちゃんと来てくれる?」
 サンタは忙しそうに一瞬真人と視線を合わせただけでこくっと頷いた。
 それだけだった。
 真人は子供ながらに表情を変えずにデパートの中に入った。
 保育園の同級生たちから父親のいない子供の家にはサンタは来ないと言われた。でも去年だって来たし、プレゼントももらったと言い返したら、みんながよってたかって真人に言葉を浴びせた。
「それは偽物のサンタだ」「お父さんがいないとサンタは来ないとママが言ってた」
返す言葉もなくなり、じわっと溢れる涙をこらえていたが園に迎えに来た母親の姿を見て泣きついた。
 二人目のサンタはエスカレーターの登り口に立っていた。
「サンタさん、ぼくんちに来てくれる?」
「もちろんだよ、ぼうや。今日はパパとママと一緒に買い物かい?」
「ママと二人だよ。うちにはパパはいないんだ」
 サンタはまずい質問をしたと表情をこわばらせて目をふせた。それを見た真人はやっぱりパパがいないとサンタは来ないんだと思った。
 両親は真人が1歳の時に離婚していた。子供ができてからも俳優への夢を捨てきれずに、せっかくの老舗の饅頭屋の稼業を継ぐこともなく、定職にもつかない夫を母は見限ったのだった。といってもこれまで父親がいないさみしさを感じたことはなかった。母はよくしてくれたし、そもそもこれまで真人には父親が何かよくわかっていなかったのだ。
 三人目のサンタはおもちゃ売り場のコーナー入り口にいた。
 子供たちに飴と笑顔を振りまいていた。
 真人も飴をもらって、このサンタさんならやさしそうだから願いを叶えてくれると思って聞いてみた。
「サンタさん、ぼくんちに来てくれる?」
「行くよ。サンタはどの子の家にも行くよ、安心しなさい」
「うちはパパがいないんだけど、来てくれる?」
「もちろん、ただね、行くのはおじさんじゃない。クリスマスに坊やの家に行くのは本物のサンタだよ」
「本物のサンタはどこにいるの?」
「遠い北の国だよ」
やさしいけど偽物なんだとがっかりした。


 4人目のサンタはもちゃ売り場の真ん中にどっかりと座り込んでいた。
デパートが雇ったカナダ人のサンタクロースだった。髪も大きな白髭も顔の皺も本物だった。そして日本語がわからない分、まろやかな笑顔で子供たちに接していた。
 子供たちは列を作って並び、順番にそのサンタと握手をしてメッセージの書かれたクリスマスカードと小さな木彫りのトナカイの人形をもらっていた。真人の番になった。
「サンタさん、ぼくんちに来てくれる?」
 言葉のわからないサンタはにこっと笑った。真人は良い返事だと受け取った。
「ぼくんちにはパパがいなんだけどさ、大丈夫だよね?おじさんは本物のサンタさんなの?」
 サンタは微笑むばかりだった。返事をくれない黙ったままのサンタに真人は焦って涙声で訴えた。
「ねえ、来てくれるよね。本物のサンタさんなんでしょう?」
子供の様子の異変に気付いたカナダ人のサンタは通訳を呼んだ。
そして真人の気持ちを理解すると通訳を通してこう語った。
「自分は北の国からきた本物のサンタだ。サンタは誰のところにもいく。パパがいなくても必ず行く。心配はいらない。約束する。サンタクロースはみんなの心の中にいる。人の心のやさしさとなって、クリスマスには舞い降りるんだ。坊やの心にも舞い降りて来る。そして坊やの心がいつもやさしさでいっぱいでありますようにと祈っている」
 真人はほっとした。むずかしいことはよくわかならいが、パパのいない自分のところにも来てくれるとはっきり言ってくれた。


 電車に乗るために地下街を歩きながら真人は大事なことに気が付いた。さっきのサンタに名前と住所を伝えるのを忘れたのだ。戻って教えて来ると母に言うとサンタは何でも知ってるから大丈夫と言われた。でも今年はちゃんと教えてないと不安だった。第一今日初めて知ったけど、サンタは僕らの言葉がわからないんだ。脇に立ってサンタの言葉を伝えてくれた人に教えとかないといけないんじゃないかなあと、真人は思いあぐねながら歩いた。
 しばらくすると地下街でクリスマス用の寸劇をやっていた。母と二人立ち止まってそれを見ていた。やがて母はすぐ隣の書店に行ったのでじっとその場を離れず眺めていた。
 芝居が終わり目の前を主人公だったサンタが通りかかる。その時真人は必死の思いで大声を出した。
「ねえ、さっきのサンタさんたちに伝えてほしいんだけど・・・・」
 サンタは立ち止まり真人の目線までかがんだ。
 サンタは真人の顔をじっと見た。
 真人は自分の名前と最近言えるようになった住所を告げてさっきのサンタさんたちにつたえてほしいと頼んだ。間違いがあると今年はサンタが来ないかもしれないからきっと伝えてと念入りに頼んだ。友達にからかわれたことなども全部話した。

 五人目のサンタは、五年前の夏に画数時点を見ながら一週間かけて選びだした名前を耳にしたのだった。
 名は残り自分は去り、この子は父親の不在から来る寂しさを味わうほどにまで大きくなった。
 五人目のサンタは遠くを見た。過去と未来の両方の地平を見つめる視線だった。自らの奥深くに沈んだままの沈没船が見えてきた。その中に今でも残っている温かさに再会した。巨大な沈没船が再び息を吹きかけられて生き返り、浮かび上がろうとしていた。かつての青い空と輝く太陽と巡り合う準備はとうにできたいたのだった。

「ぼうや。クリスマスにパパをプレゼントしてあげようか?」
 五人目のサンタはこの世のものとは思えないくらいの優しい声で言った。
 自分の本当の望みを言いもしないのにわかってくれるなんてこれこそ本当のサンタだ、真人はそう思った。真人はその日初めて心から笑って頷いた。


 やがて母親が戻ってきた。
「ママ、さっきそこでお芝居していたサンタさんね、本物だったよ。今日サンタさんたちにお願い事をしてんだけど5人目のサンタさんが約束してくれたんだ、クリスマスにはいいことがあるって」


 幼い世界にとっての一つの奇跡を起こすためにも、多くの出来事が積み重なることが必要だった。父の気持ち、母の気持ち、父の父母の気持ち、その年の冬、多くの人が真人のために自らの人生の大きな決心をしてくれた。両親の心は隔たりも大きかったが愛情の種火が消えたこともなかった。真人のサンタへの思いが二人を瞬く間に再び引き合わせたのだった。
 イブの夜、真人がケーキを食べ始めたときに、サンタクロースが現れて母にプロポーズした。そして母とサンタはキスをした。サンタは帽子をとって髭をとって人間に変身した。そして変身したまま、そのままずっと家にいる。
 その日から真人には父親ができた。だからしばらくは本物のサンタがパパになってくれたと思っていた。
 その年のクリスマスに自分が受けた愛情のシャワーについて、真人は成長して新しいクリスマスを迎えるたびに、ますます深く感謝の念を募らせていった。
 それは幸運なめぐり合わせや不思議な成り行きという言葉では足りなかった。その年のクリスマスに真人の家族に起きたことは、幼い真人を通しての神の祝福だったのだ。
 そしてサンタクロースの姿はプロポーズと愛情と祝福の象徴として真人の心の奥深くに刻まれたのだった。


「だからおれはこうして今、仁美にサンタの姿でプロポーズしてるんだよ。さすがにレストランとかでサンタの格好してはいるのは照れ臭いからさ、仕事に便乗したのはあやまるよ」
 仁美は今度は違う種類の涙を浮かべて真人の手を握った。
 二人は見つめあいやがてキスした。
 サンタクロースと若い娘のキスを見た通行人たちは何かのイベントのクライマックスだと思って立ち止まって拍手した。二人の周りの人だかりからいつまでも拍手が鳴りやまなかった。 


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少年の心をテーマにした4つの短編小説です

古荘英雄短編集


かつての日本には、「父祖の魂が息づく」ような古い村落共同体がどこにでもあった。
この作品はそんな村の一つを舞台に、ひとりの男の子の幼年時代の様々な心象を描いたものです。
「きもだめし」や「お接待」などのイベントを通して感じたこと、祖父の激動の人生から受ける衝撃、幼い心に大人の人生が投影されて行きそれらを通して子供の魂が成長すること、見聞きし経験したことによってどんな人の魂が形成されていくか、そんなことを書き綴った作品です。